Only the good die young

4月ですね。あちこちでいかにも大学を卒業したての新入社員を見かけます。就職活動とかいうカフカ的に不条理な行事をクリアしてたどり着いた場所がブラック企業とかじゃないといいのだけど。何のスキルもなくたって、若いというのはそれだけで何億円の資本価値がある。どうかそれが時代遅れの上司やらくだらない慣習やらにスポイルされませんように。
 
さて、俺もほぼ未経験の業界に転職して、毎日せっせと勉強中なのだが、ギョーカイというところではしばしば驚くような非常識が常識としてまかり通っていて、愕然とすることがある。
 
金融業界にはフィデューシャリー・デューティー(Fiduciary Duty, 通称FD)という言葉がある。カタカナで書くとわけがわからないが、日本語にすると「受託者責任」。
金融機関、たとえば証券会社は、お客様である投資家のお金を預かって(受託して)、そのお金を運用して、利益を上げるということを商売にしている。その受託者たる証券会社は、真に投資家の利益を最大化する責務がある、ということである。
当たり前といえば当たり前だ。しかしギョーカイではこんなことをわざわざ意味不明なカタカナ語を使ってまで言わなければならないのである。
そして以下のリンクは2017年4月に金融庁の長官が行った講演。
 
ちょっと強引に要約すると、「金融機関はきちんとFDを守ってくださいね。色々複雑な金融商品を売るのはいいですが、それは本当に投資家の利益になっていますか。それぞれの金融商品について、きちんとお客様にリスクを説明してください。」ということだ(*1)。
そしてショッキングなのが、少し長いが以下の引用部分。
 
「こうした話をすると、お客様が正しいことを知れば、現在作っている商品が売れなくなり、 ビジネスモデルが成り立たなくなると心配される金融機関の方がおられるかもしれません。しかし、皆さん、考えてみてください。正しい金融知識を持った顧客には売りづらい商品を作って一般顧客に売るビジネス、手数料獲得が優先され顧客の利益が軽視される結果、 顧客の資産を増やすことが出来ないビジネスは、そもそも社会的に続ける価値があるものですか?こうした商品を組成し、販売している金融機関の経営者は、社員に本当に仕事のやりがいを与えることが出来ているでしょうか?また、こうしたビジネスモデルは、果たして金融機関・金融グループの中長期的な価値向上につながっているのでしょうか?」
 
この発言は「衝撃」をもって受け止められた、という。むしろそのことが衝撃だよ。金融機関なんて海外の大学院でMBAとってるようなエリートがたくさんいるところである。そんな頭のいい人たちにわざわざこういうことを言って聞かせなくてはいけないのである。
お客が知識をつけたら商品が売れなくなると心配する。これ、ごく控えめに申し上げてもウンコだと思うのだが、どうですか?要するに、お客が気がつかなければ損をさせてでも売上をあげればいい、ということだ。
こんなことが何十年にもわたって業界の常識だったのである。
なお金融庁も別に今さら気がついて説教しているわけではない。豚が十分肥えたタイミングを見計らってようやくチクリと言っているだけなのである。まあ、それでも規制を強める方向に進んでいるのは歓迎するべきだろう。
 
例として金融業界を挙げたが、他の商売でも多かれ少なかれ「リテラシーのない客から金をとる」ということは日常行われている。金融商品なみに複雑化しつつある携帯電話のプランも同じだ。「バカは多く金を払え」というのを「それぞれのお客様に最適なプランを提供する」と言い換えているだけだ。最終的に客は自ら選んで金を払うのだから、責任は客にある。販売員はウソをつく必要はない。ただ少々「説明が足りない」だけだ。お客は自分が余分に金を払っているとは気づかず満足、売る側も金を搾り取って満足、win-win。素晴らしい。
 
でも最近では、販売システムを誰にでもわかりやすいものにしたり、事業の透明性をあげようという動きがある。多くのベンチャーが挑戦するFintechには、複雑すぎる金融商品や投資のシステムを民主化しひらいていこうという希望を感じるし、アパレル業界でも、製品の原価や生産工程を表示するブランドが話題だ*2。この調子で「消費者のリテラシーの低さをあてにするようなビジネスはやめませんか?」という提言が特に若い世代からあがるようになったらいいと思う。情報の非対称性や格差を利用するようなビジネスは早晩たちゆかなくなるだろう。

*1:最も端的に問題を表しているのは毎月分配型投資信託という金融商品である。これは多少投資の知識があれば(ほとんどの人には)全くおすすめできない商品だとわかるのだが、なんとこれが日本では一番売れているのである。誰が買っているのか?投資の知識がほとんどない、リタイア後の高齢者である。ちなみに会社の上司から聞いた話では、かつて証券会社がこの毎月分配型を売りまくって儲けている中、ド真面目に海外の超優良株式を集めた投資商品をつくった会社があったそうだが、全く売れなかったという。そういう理想主義的な会社はすべからく潰れていったようだ。まさに、Only the good die young.

*2:ただし、ファッションの価値はその素材だけで決まるわけではない。ブランドという信用や、デザイナーの才能といったものが占める割合は大きい。安易に原価を表示することは、長期的にみたときファッション業界にとってプラスにはならないと思う。