村上龍『「わたしは甘えているのでしょうか?」(27歳・OL)』

 

「わたしは甘えているのでしょうか?」(27歳・OL) (幻冬舎文庫)
 

 

ちょっと笑えるタイトル。人生相談本って、なかなかまともなのがないような気がして、そういうのが読みたいなと思っても(弱ってる時期とか、そういう時ある)、自己啓発本とか、偉そうなじいさんばあさんの自分語りばっかりなんだけど、これはなんと言っても村上龍が書いている。何がいいかって、とにかくアドバイスが現実的なんですよね。「信じていれば大丈夫」とか、そういうのは一切言わない。お金を貯めたかったら、いい財布を買いなさい、みたいなのもない(お金を貯めたい人にお金を使わせるなんて、ほとんど詐欺だ)。
好きなのは例えば、「自己投資だと思って買い物したり美味しいものを食べに行ったりしているので、雑誌に載るようなイケてるお店はたくさん知っている」という人に対して、「そういうのは投資じゃなくて単なる浪費です。」とか。バッサリ。「確かに美味しいものを食べたり着飾ったりするのは素敵なことだけど、別にそんなもの一生縁がなくたっていいんです。」メディアが提供しているキラキラした生活については、「そういうのは単なる広告です」というスタンス。「丁寧な暮らし」だって、同じようなものだと思う。誰も本当にはそんなキラキラした暮らしをしているわけではないし、いたとしても、それはプライバシーを売ったりした上に成立した、広告塔としての「仕事」なのだ。プライバシーを売る、ということは普通の人が考えるよりも、大きな犠牲だ。
同じように、若いうちに人生楽しまないといけない、と思ってついファッションにお金を使ったりしてしまう女性に対して、「そういう思い出だけでは、人は生きていけないんです。」痺れるね。なんだかんだ村上龍だってイタリアのシャツの良さについてエッセイ書いたりしてるじゃないか、と思わないでもないけど、でもこんなに庶民的というか、名もなきマスに必要な回答ができるのはすごい。とても米軍基地でヤクやって暴れてた人とは思えない。
若いF1レーサーの話が出てきて、「僕だって同年代の友達みたいに、女の子と遊んだりしたい。でも、そういうのを我慢してでもF1で優勝できたら、その喜びは何年も何十年も続くと思うんです」という言葉を紹介している。ウンウン、そうだよな。
もちろん、本当に役に立つ助言がしばしばそうであるように、村上龍も決して甘いことを言ってごまかしたりはしない。「努力が報われない」という人に対しては、「あなたのいう努力が、求めるアウトプットと繋がっていなければ、なんの意味もない」と答えるし、いつまでも自分探しをする人に対しては、「なんとかして食っていかなければいけないという問題から、逃げているだけです」。目をそらしてはいけないことについては、「そらすな」ときちんと言うところに、誠実さを感じる。
他にもたくさんの実際的なアドバイスがあるけど、もし俺が一つだけこの本からメッセージを選ぶとしたら、「自分の人生に優先順位をつけろ」ということに尽きる。世の中にはキレイなもの、素敵なものが溢れているけど、それらの多くは一生縁がなくたって平気なものなんだ、自分にはもっと欲しいものがある、と思えたら、人生はぐっと楽になると思う。欲しいものを全て手に入れることをできない、ということを認めるのは辛いし、地味なことだけど、でも本当に人生に意味のある変化を起こすのは、そういうことを一つ一つ確かめていく過程にあるんじゃないか。
 
ちなみにこのジャンルでもう一つ定評のあるのは橋本治の『青空人生相談』。
青空人生相談所 (ちくま文庫)

青空人生相談所 (ちくま文庫)