2019年2月の本
- 作者: 稲葉振一郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/05/20
- メディア: 新書
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古典派からピケティまで、不平等についてこれまで語られてきたことをざっと振り返る本。俺の経済学の知識にはだいぶ偏りがあるので、こういう概観してくれる本はありがたい。新書とはいえズブの素人がそのまま読めるものでもないので、池上先生の『スタンフォード本』をペラペラめくって基礎を思い出しながら読んだ。
それにしてもこういう格差とか不平等の話題、どうしても対立を煽りやすいので、SNSで盛り上がることも多いが、こういうちゃんとした本を読むと、基本的にSNSでの議論は意見の違い以前のレベルなので、あまり見ないようにしようと思う。
岩井克人先生の本はこれを含めて何冊か読んだことがあるけど、それらのエッセンスをまとめたエッセイ集っぽいもの。いくつか内容的には重複するものが入っているが、大きく分けると以下の2つのテーマになるだろう。
1、貨幣論。貨幣というものの本質とは何か。貨幣の「価値」を担保しているのは、未来の人がそれを交換価値として受け入れてくれるだろう、という「予想の無限の連鎖」でしかない。その底の抜けたような性質ゆえ、市場における全ての活動は(コンビニでおにぎりを買う、というようなものも含めて)投機的であって、グローバル資本主義は恐慌を待つまでもなく致死的な不安定さを内包している、という。
右足を上げて、そのまま右足を下ろさずに左足を上げて、今度は左足をそのままに右足を上げて…とやっていくと、宙に浮くことができる!というのは笑い話だが、我々が当然のように受け入れている貨幣というシステムはまさにそのようにして成立している、という笑えない話。
2、法人論。これは『会社はこれからどうなるのか』(就活生にも勧めたい名著)という本で詳しく書かれているが、その要約的な内容。法人、すなわち会社という存在は、その名の通り、「法における人」であって、それ自体は人ではないが、法律上は人として扱うという不思議な存在である。資本主義システムにおけるコアプレイヤーである株式会社は、まさにその「人(モノを所有する存在)とモノ(所有される存在)」という二つの格を同時に持っている奇妙な存在であり、その皮を一枚一枚むいていくと、実はそれを支えているのは「信任」という、一見市場原理とは縁遠い概念だった、という話。
法人実在説と法人否認説というのは哲学でいう観念論と実在論のようなもので、いまだに決着がついていないらしい。法人否認説的な認識の強いアメリカでは株主重視の経営が重んじられるのに対して、法人実在説をとる日本型資本主義で、持ち合い株式みたいな慣習がなかなか消えないのがよくわかる。
日本型資本主義は市場原理を歪めるのでよくない、アメリカのような株主重視の経営にシフトしていくべきだ、という主張のもとにいま、コーポレートガバナンスコードなんかが導入されているわけだけれど、岩井先生の本を読む限り、一概にそうとも言えないらしい、ということがわかる。このへんは仕事にも関わる部分なので勉強しなくてはならない。
上の2つのテーマを変奏する形で、井原西鶴の『新日本永代蔵』や、古代ギリシャの『美しきヘレネー』の神話を読み解いたりしていて、面白い。資本主義システムというのは、それが果たして人類にとって良いものか悪いものかという問いは別にしても、どうやら人間の普遍的な一面の反映であることは間違いない。そして人間が完璧ではないように、そこから生み出されたプログラムも当然多くの問題を抱えている。
- 作者: ミシェルウエルベック,Michel Houellebecq,中村佳子
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2018/02/03
- メディア: 文庫
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このあいだ、「セックスを至上価値としない新しい世代の若者が、旧弊な価値観を押し付けるオッサンのクソリプを一蹴!スカッとした!」的なツイート*4を見かけた。個人的には「フーン、よかったね」という感想でしかないのだが、そういう人たちにはウェルベックの文学なんてばい菌扱いだろうな、と思う。
闘争領域は経済から恋愛へと拡大する。市場原理に任せた自由な経済活動の結果として格差が広がったのとパラレルに、自由恋愛によってモテる者とモテざる者の格差は広がっていく。
ちょっと前に流行ったKKO(キモくて金のないおっさん。こういうのがバズワードになるのってすごい。)も、法的権利の上では平等だが、経済と恋愛の二つの市場では完全に弱者だ。前述の「解脱した」若者のように、そういう不毛な闘いからおりることのできる人はいいが、「そうはいったって非モテはつらいよ」「なんだかんだお金は欲しいじゃん」という人が自らの欲望を素直に表明しにくい社会になりつつあるのは感じる。
まあ、俺は非モテでも職無しビンボーでもないので知らんけど。
このあいだ橘玲が書いてた欧米の非モテ(Incelと言うらしい)の記事なんかまさにウェルベック的である。欧米各地で非モテがリビドーを持て余してテロを起こしている。恋愛格差が広がって、Winner takes allになると非モテは困るので、むしろ一夫一妻制を支持するという。まあ当たり前の話ではある。
(橘玲は『マネーロンダリング』を読んだ時から好きだけど、最近ではどんどんキワモノに近づいていっている気がして、微妙。まあもともとアウトサイダー感むき出しの芸風ではあるんだけど、そういう芸風の人が科学的ファクトみたいのを持ち出してくると、なんかアレじゃないですか。)
セックスがウェルベック作品の主題の一つであることは間違いないが、底流にあるのは人生に対する虚無感だろう。
「ある人生が空っぽで短いということは十分あり得る。日々が虚しく過ぎ去っていく。痕跡も思い出も残さない。それからある日突然、停止する。」
こういうところは素晴らしいっすねー。
2019年1月の本
今月は以下。
『世界という背理』(竹田青嗣)
『企業価値の神秘』(宮川壽夫)
吉本隆明、小林秀雄。名前はめちゃくちゃよく目にするし、なんかとりあえずすごい人なのは知ってるけどその思想まではちゃんとわかってない人たち。だったけど、この本のおかげでちょっとわかった。スーパー雑に言うと、小林秀雄は「個人の絶対性、感性、それすなわち悲劇…」な人で、吉本隆明は「いや、言うてもなんらかの客観性・共通性がないとなぁ…」という人っぽい。小林秀雄に関しては、『考え方のヒント』の中で美術について書いてるのを数年前に読んだ時にあんまり納得いかなくてモヤッとしたことがあるので、俺はもうちょい吉本隆明をちゃんと読んだらバランスがとれるのかもしれない。(ところで文春文庫の『考えるヒント』はタイトルの付け方からして、サラッとした人生論とかそのテの本かと思って手にしたらガチガチの芸術論で放り投げる、という人が多そう。どこが「ヒント」なの、あれ?)
何はともあれ、もうちょっと勉強したい。でもこの世代の人たちについてやろうとすると、よう知らん世代論とか、「文壇すったもんだ」みたいのがついてくることが多くて、そこがな。そういうのも個人の思想と不可分だ、と言われたらそうなのかもしれないけど。
一応仕事用の本として買ったけど、すごく面白かった。数式見ただけでクラクラしてくるタイプの人間でも読み通せるように書かれている。「あーこれ講義でも笑いとってんだろうな」っていう感じの語り口で(時々いかにも大学の教授がウケ狙いで言って滑りそうな感じもあるが、ご愛敬)、大変に読みやすい。この講義を受けられる学生はラッキーですね。この手の本でこういうリーダブルな読み物になっているやつは貴重。値段はそれなりにする(3500円。メルカリでもうちょい安く買った)が、その価値はあると思う。同じようなジャンルで売れてる『バリュエーションの教科書』より読みやすいんじゃないかな。立ち読みで比べただけだからわからないが。向こうはあくまで「教科書」だしね。ちなみに今の仕事の前に、野口真人さんの本でファイナンスはちょこっとかじっていた。内容としてはこっちの方が一般向けで簡単。でもやっぱり実務に役立てようと思って読むほうがスッと頭に入ってくる。
それにしても、勉強すればするほど、個別株投資なんて俺には無理だと思ってしまうよ。ファンドマネージャーってすげえ。俺はおとなしく「投信でほったらかし資産形成♪」みたいなホンワカしたやつをやりますわ。
ブックオフで300円。いいのか、古典の名著が。話の筋だけ言えば、年上の人妻に手出しちゃいました、妊娠させちゃいました、ってゲスの極みなんだけど、15歳と19歳だからね…えぇ…って感じではある。そして15歳とは思えない至言のオンパレード。「彼女は僕に救助してもらいたいのか、それとも一緒に溺れて欲しいのか、僕にはわからなかった。」なんて、俺にもわかんねえよ。冷徹な観察眼と自省の力がありながら、幼さゆえの身勝手も全開なので、本当に恐ろしい。
ちなみに寝取られた旦那はろくに顧みられず、「まあ所詮タイミングみたいのでラッキーで結婚できた甲斐性無しだから」みたいな扱いでひたすらかわいそう。
サマセット・モーム
「短編小説の最高峰」という触れ込みに誘われて読んだ『雨』(とその他二篇)がけっこうおもしろく、読まねばと思ってずっとウィッシュリストで放置していた『月と六ペンス』も続けて読んだらこれもまた悪くなかったので、短編集『ジゴロとジゴレット』もあっという間に読んでしまった。
というわけで11月は自分の中でひっそりとプチ・サマセットモームブームであった。
モームは通俗作家という批判もけっこうあって、まあ確かにこれだけエンターテイニングで読みやすければそういわれるのも無理はないという気がする。
通底するのは人間の多面性というようなところか。『雨』にはそれが最もドラマチックな形で結実している。
短編における人物の描写の仕方は、ちょっと「あるある(いるいる)ネタ」っぽいところもあって、確かに他の古典作家と比べたら深みに欠けるという印象もなくはないが、それがむしろ自己同一性という概念の危うさを表現するのに一役買っている。それはそれでリアルというか、なんだかんだ薄っぺらくて表面的で、「あるあるネタ」に収まってしまう人間の哀しみみたいなものがある。
そういう観察の結果としてのシニカルさ、「まあしょせん人間」みたいのがモームにはある。だから読後感としてはドキっとさせられたり、チクリとやられるようなものも多いけど、短編『サナトリウム』みたいに油断させておいてホロリとさせるようなのもあって、なんだ、本当は人間好きなんじゃん、とちょっと小突いてやりたくなったりする。
- 作者: サマセットモーム,William Somerset Maugham,金原瑞人
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2014/03/28
- メディア: 文庫
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- 作者: サマセット・モーム,William Somerset Maugham,中野好夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1959/09/29
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- 作者: サマセットモーム,William Somerset Maugham,金原瑞人
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- 発売日: 2015/08/28
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堀江敏幸『河岸忘日抄』
村上龍『「わたしは甘えているのでしょうか?」(27歳・OL)』
「わたしは甘えているのでしょうか?」(27歳・OL) (幻冬舎文庫)
- 作者: 村上龍
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2009/04
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4月に読んだ本
「人間っていうのは、ほとんどどんなものにも耐えられるみたいだ。自分がやってないことにも耐えられる。こんなことにはとても耐えられない、と考えることにも耐えられる。頑張らずに泣いてよくてもそんなことはせず、それに耐えることさえできる。振り返らないことにも耐えられるーー振り返っても振り返らなくても何の役にも立たないとわかっているときでさえそうなんだ。 」
「つまり、われわれにだってなにか価値あるものが常に巡ってきているんだ。…おそらくわれわれはあまりにも多くを期待しぎるのかもしれない、実際にはなにか価値あるものがわれわれにも常に巡って来ているのに。」
「じゃあ、われわれはどうしたらいいんですか?」
「私はどうもしないさ。…私はもう待ちすぎたからな。」
3月ブックレビュー
『なぜ心を読みすぎるのか』と並んでこれも社会心理学だ。別に今月そういうテーマで本を読んでいたわけではない。